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「人は何故パンツを穿くのか」という問いに対する私見

2010年07月14日 00:31

※装甲悪鬼村正 ややネタバレ注意


装甲悪鬼村正をプレイ中にまさかの哲学的問いに出会いました。そうタイトル通り、人は何故パンツを穿くのか…?

このブログではしばしばエロゲにおけるパンツロリっこに似合うのは紐パンとパンツについて、様々な角度から論じてきました。その結果かパンツの紐でググると上から8番目(2010年7月14日現在)に来るという信頼と実績を得ることが出来ました。非常にありがたい限りです。まあ、私個人としてはどうしてこうなったんだと声を大にしていいたいわけですが…。さてそれはともかく、タイトル通り人は何故パンツを穿くのか…実に深いテーマです。パンツマエストロを目指すものにとって何故今までこの問題について考えてこなかったのか…実に不覚!
そこで今回このテーマについて私なりに考えていきたいと思います。

ではまず問題の箇所を箇条書きにして引用したいと思います。

・人は生まれつきパンツを穿いていたわけではない。
・にも拘わらず誰もがパンツを穿く。しかし性交やその他諸々においてはパンツを脱ぐ
・ならば何故最初から脱いでおかないのか。


なるほどごもっともです。動物の中でパンツを穿くのは唯一人間だけだし、いちいちパンツを脱ぎ着するのは不便である。ならば最初から脱いでおくべきだと論じているわけです。しかし次に作中においては次のように決着づけている。

・男にパンツを穿かせるのは気持ち悪い、しかし女のパンツを脱がせるのは人生の喜びである
・誰もがパンツを脱いでいるから穿かせる世界(≒男に穿かせる世界)と誰もがパンツを穿いているから脱がせる世界(≒女の世界)ではどちらがより優れた人生であるか。もちろん後者である。


なるほど実に納得がいく。さすが景明さんそこにしびれるあこがれるぅ。

だが待って欲しい。この考えはあくまでパンツを穿かせる・脱がせるという視点のみで論じられている。もちろん間違いではない。私も男にパンツを穿かせる世の中なんてまっぴらごめんである。しかし果たしてパンツは、脱がせる・穿かせるそれだけのために存在しているのだろうか? 私はそう感じない。それは実にむなしい事ではないだろうか。ここからが私の私見である。

転校生イベントや着替え覗きイベントは古今東西多くのメディアでパンツを表現する方法として重宝されてきた。憧れの子のムフフなシーンは我々にとっての活力のみならず、フラグの作成としてまさに王道である。では何故ここまで王道となってきたのだろうか? もちろんフラグを作成するためというのが模範的解答である。
しかし例えば転校生イベントでそこに「パンツが見えた」とわざわざ示す必要性はない。ぶつかったという事実だけあれば最低限のフラグは成立する。ならば何故パンツを表現するのか? そう答えは簡単だったのだ、人々はパンツが見たいのである。

この答えに達するのに非常に遠回りをした。そんな難しいことを考えずにもっとシンプルに考えてみれば非常に単純なものではないか。パンツが見たい、故にパンツあり。だから人はパンツを穿くのだ。

パンツは男の子にとっては見えて嬉しいもの、女の子にとっては恥ずかしいものである。そして何より多くのステキイベントへと導いてくれる一輪の花なのである。パンツは脱がすためだけに存在するにあらず。鑑賞し、我々をわくわくさせてくれるもとして存在する。非常に乱暴な論となったが、最後にこの言葉で終わらせて頂きたい。パンツを見ること、そうパンツイズライフなのである。

【参考文献】
装甲悪鬼村正

教えてくれ、俺はこんな文章に2時間かけているのだろうか…。パンツは何も答えてくれない
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